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東京高等裁判所 平成3年(ネ)3066号 判決 1992年6月22日

控訴人 小泉茂

右訴訟代理人弁護士 高橋正八

同 米林和吉

被控訴人 有限会社泉不動産

右代表者代表取締役 小泉哲雄

右訴訟代理人弁護士 井上壽男

同 野田房嗣

主文

原判決を取り消す。

被控訴人から控訴人に対する、東京地方裁判所昭和六〇年(ヨ)第五二六四号不動産仮処分申請事件の和解調書及びこれについてなされた同裁判所昭和六一年(モ)第一一九九六号更正決定に基づく強制執行は、これを許さない。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

本件について原審裁判所が平成三年四月二二日にした強制執行停止決定はこれを認可する。

この判決は前項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、主文第一ないし第三項同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決「第二事案の概要」摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

原判決二枚目表七行目の「間には、」の次に「訴外小泉善太郎を債権者、」を、同三枚目裏五行目の「債権者」の次に「(小泉善太郎)」をそれぞれ加え、同四枚目裏五行目末尾の次に行を変えて次のとおり加え、同五枚目表八行目の「原告」を「被控訴人」に改める。

「(被控訴人の主張)

控訴人は本件更正決定の効力を争っているところ、右決定に対しては即時抗告の申立てもなく、右決定は確定しているのであるから、控訴人が右決定の無効を主張することは許されないというべきである。

本件和解調書には給付条項の脱落があったが、本件和解調書の各条項全体の趣旨からすれば、賃貸借期間の満了時に控訴人が本件施設を明け渡すことが当然の前提とされていたことが明らかである。すなわち、本件和解調書第一項1(二)には「賃貸借期間昭和六一年四月一日から昭和六六年三月三一日まで」と記載され、また、同第三項1、2、5には「債権者(小泉善太郎)が死亡した場合には、本件賃貸借契約は、右死亡の日から三か月後に終了するものとし、控訴人は、被控訴人に対し、被控訴人から右明渡しの日から昭和六六年三月三一日まで、一年当たり金四〇〇〇万円の割合による営業補償金の支払を受けるのと引き換えに本件施設を明け渡す。債権者(小泉善太郎)死亡時より三か月以内に本件賃貸借契約の終了日が到来する場合には、本件賃貸借契約は右終了日に終了する。」旨の記載があるのであって、控訴人は被控訴人に対して、昭和六六年三月三一日限り、本件施設を明け渡す旨を約していたことが明白である。このことは、控訴人が本件更正決定に対して不服の申立てをしなかったことからも明らかである。

このような事情のもとで、控訴人は、本件施設の明渡しを拒み、強制執行を阻止するために、理由にならない理由で占有を継続しているのであって、本件訴訟は明らかに不当な訴訟である。」

(証拠関係)<省略>

理由

一  控訴人と被控訴人との間に、本件和解調書及び本件更正決定が存するところ、本件和解調書上の「賃貸借期間 昭和六一年四月一日から昭和六六年三月三一日まで」(和解条項一、1、(二))との条項が、本件更正決定により「賃貸借期間 昭和六一年四月一日から昭和六六年三月三一日までとし、債務者(控訴人)は泉不動産(被控訴人)に対し、同日限り本件施設を明け渡す。」旨の条項(以下「本件明渡条項」という。)に更正されたことは当事者間に争いがない。

二  本件の主要な争点は、右のような和解調書の更正決定が許容されるか否かにあるので、以下、この点について判断する。

民事訴訟法一九四条は判決の更正について規定しているところ、調書に記載された和解内容は確定判決と同一の効力を有するから(同法二〇三条)、和解調書についても右規定を準用してその更正を認めるべきであり、和解調書に「違算、書損その他これに類する明白な誤謬があるとき」は、裁判所は決定でこれを更正することができるというべきである。

ところで、ここに「明白な誤謬があるとき」とは、当該和解調書上の各条項の記載、各条項全体の趣旨、当該訴訟の全趣旨、訴訟手続上に現れた資料等から、裁判所において表現しようとした事項について誤記、遺脱等が存することが明確、容易に看取される場合をいうのであって、その更正によって和解内容に実質的に変更が生じ、和解調書の記載内容の同一性を阻害するに至るような場合にまで更正決定によって誤謬を是正することは許されないというべきである。

これを本件更正決定についてみるに、<書証番号略>によれば、本件和解調書には、前記「第二事案の概要」の「(争いのない事実)」に摘示された記載があるほか、「債権者(小泉善太郎)が死亡した場合には、本件賃貸借契約は、右死亡の日から三か月後に終了するものとし、控訴人は、被控訴人に対し、被控訴人から右明渡しの日から昭和六六年三月三一日まで、一年当たり金四〇〇〇万円の割合による営業補償金の支払を受けるのと引き換えに本件施設を明け渡す。」旨の約定記載(本件和解調書三1、2)があることが認められ、これは、本件賃貸借契約の賃貸借期間は昭和六六年三月三一日までとするが、その間に小泉善太郎が死亡した場合は右期限より前に賃貸借契約を終了させ、控訴人は、残存期間に見合うゴルフ練習場経営に係る営業補償金の支払と引き換えに本件施設を明け渡す旨の約定であることが明らかであり、また、弁論の全趣旨によれば、本件和解が成立した昭和六〇年(ヨ)第五二六四号不動産仮処分申請事件は、控訴人に対して本件施設のいわゆる明渡断行等を求めるものであったことが認められるのであって、これらの事情及び本件賃貸借の目的となったのがゴルフ練習場施設であること並びに本件和解調書の各条項を総合して考察すると、小泉善太郎の死亡という事実が生じない限り、本件賃貸借契約は昭和六六年(平成三年)三月三一日限り終了し、右契約は更新されることなく、控訴人は同日限り本件施設を明け渡すことが本件和解の前提となっていたものと推認されるのであって(控訴人が本件更正決定に不服申立てをしなかったのも右のような事情を了解していたためではないかと考えられる。)、そうだとすると、本件和解を成立させる際、当事者(小泉善太郎、控訴人)及び利害関係人(被控訴人)は、控訴人が本件賃貸借期間の満了する昭和六六年三月三一日限り本件施設を被控訴人に明け渡すことを前提としていたにも拘らず、本件和解調書上は、控訴人が被控訴人に対し同日限り本件施設を明け渡す旨の記載が遺脱し、この点に関しては、右当事者らの真意に沿わない記載となってしまったことが看取される。

しかしながら、本件更正決定は、本件和解調書上の賃貸借期間の定めに関する記載事項に新たに債務名義である本件明渡条項を付加することになるのであって、これは本件和解調書の実質的内容を変更するものといわざるを得ず、本件和解調書の記載内容の同一性を阻害するに至っているものというべきである。そうすると、本件更正決定は、民事訴訟法一九四条の更正の要件に欠け、違法である。

被控訴人は、本件更正決定が確定していることを理由に、控訴人が右決定の無効を主張することは許されないと主張するけれども、本件更正決定のように和解調書の記載内容の同一性を阻害するような決定は、たとえそれが確定していたとしても効力を生じないと解すべきものである。

したがって、債務名義上の問題としては、本件和解調書上、被控訴人が控訴人から本件賃貸借契約の終了日である昭和六六年三月三一日限り本件施設の明渡しを求め得る旨の給付請求権を内容とする表示がないことに帰するから、その余の判断をするまでもなく、本件和解調書及び本件更正決定を債務名義とする強制執行は許されない。

なお、被控訴人は、本件和解調書の各条項全体の趣旨からすれば、賃貸借期間の満了時に控訴人が本件施設を明け渡すことが当然の前提とされていたことが明らかであり、控訴人は本件更正決定に対して即時抗告の申立てもしなかったのであって、このような事情のもとで、控訴人が、本件施設の明渡しを拒み、強制執行を阻止するために本件訴訟を提起したのは明らかに不当な訴訟である旨主張しているところ、前記のとおり、小泉善太郎の死亡という事実が生じない限り、本件賃貸借契約は昭和六六年三月三一日限り終了し、右契約は更新されることなく、控訴人は同日限り本件施設を被控訴人に明け渡すことが本件和解の前提となっていたものと推認され、右期限も到来した現在、控訴人は被控訴人に対して本件施設を明け渡すべきものであって、右明渡をしないことについては実体上非難の余地があるが、本件和解調書及び本件更正決定に係る本件明渡条項について執行力を認めることができないことは右に検討したとおりであるから、控訴人が右執行力を排除するために請求異議の訴えを提起すること自体を不当訴訟ということはできない。

三  そうすると、右債務名義の執行力の排除を求める控訴人の本訴請求は正当として認容すべきところ、これと結論を異にする原判決は失当で、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法三八六条、九六条、八九条、民事執行法三七条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丹宗朝子 裁判官 原敏雄 裁判官 松津節子は転任につき署名捺印できない。裁判長裁判官 丹宗朝子)

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